私が悲しくなるとき

Japanese pear field and trash sigh

 photo by little me

夏の終わりにおじいちゃんが死んで、秋のほんの入り口でおばあちゃんは死んだ。間は2週間くらい。うちは父方のおじいちゃんとおばあちゃんも2日違いで死んでいる。まぁ、みんな色々あったんだろうけれど、両方々とも最終的には仲は良かったんだろうと思う。お疲れさまでした。

私は情があんまりない、訳ではない。と思いたいけれどきっと薄くはある。さらに死について恐怖や怖いという考えもない。なので、おじいちゃんの死に目にあって、通夜告別式して、おばあちゃんの通夜告別式して、ずっとへらへらしていた。へらへらできていた。

過去、私が舞台に立っていた時に、私の役の役割について「スタビライザー」と書かれた感想を見たことがある。それは私の役についての話だったんだけれど、私は時々、極まった感情を持ち寄るような場所で特に、そのことを思い出す。

スタビライザーとは安定装置のこと。船や飛行機についているものと、車についているものは構造はかなり違うらしい。しかし役割としては同じようなところだそう。

私はいきなり怒ったり泣いたりするような(本人的には正当な理由があるだろうが)母の元で育ったため、その場をどうにかして「ならそう」という癖がある。感情が極まると時空が歪む感じがする。もうそれがとてつもなく気持ちが悪い。だから、その曲げられた重力と逆のベクトルのものを持ち出して打ち消そうとするのだ。

それを笑いでやる人もいるだろうし、同じように極端な感情で対抗する人もいるだろう。私が選んだのは、感情を爆発させる相手に対峙した時にひたすら「冷静になる」という手法だった。

冷静は良い。視野が広くなるし、上からものが良く見える。あげ足も取り放題だし(面倒だから矛盾は放置するけれど)、後から「あんなこと言わなければ良かった…」とかならないし、パニックとも逆だから災害の時の死亡率が低そうだし。

けれど冷静になることにもデメリットはある。ずっと理性にハンドルをあずけてしまっているがゆえ、自分の感情が分からなくなるのだ。

今回は1度だけ泣いた。でもそれは悲しくなったから泣いた訳ではない。コップが満ちて、それをたまたま捨てる瞬間があったというだけ。

私の感情は、自分ではもう全然分からない。悲しみだけではなく、喜びについても、なんだかこのところ良く分からない。感情のゲージは0から100まで。私が泣いたのは100まで悲しみが溜まったからだとして、0から99まではブラックボックス。100にならなければ気付けない。もちろん、その感情が何だったかもあふれてからじゃないと知ることができない。

感情の楽しみはそのドラマ性にある。爆発までの道のりが重要だということ。私の、つまり道のりがない、100になって初めて表に出てくる感情なんて感情じゃない。エネルギーなだけ。

感情的な人ってドラマが好きでしょう。(偏見かしら…?)最初はときめいて、永遠の愛を誓って、でも障害がいくつも出てきて、幸せと不幸のジェットコースターが好きでしょう。

かたや私の涙は、まるでドラマのラスト3分に物語の結末が「ハッピーエンド」か「アンハッピーエンド」か知らされているだけに過ぎない。感情に振り回されることはないにしても、時には感情だって羽目を外したいはずなのにね。私が生まれつき理性的な人間だった可能性もあるけれど、母のふるまいが嫌いだから逆に行ったってことの方が信憑性が高いと思われる。

 

そんな私がはっきりと「あ」と思ったことがあった。「あ、悲しいのかも」だ。

このところスーパー断捨離キャンペーンを行っている。その一環でスマホの電話帳をふと見た時に、よくかける先としておじいちゃんの家の電話番号の登録、「◇◇家」が出ていた。

昨年私は半年ほどおじいちゃんの家に住んでいた。おじいちゃんは脳梗塞で倒れてリハビリ施設に入院していたので、私は1人でそこに住んでいたのだ。

私が石垣に来る時に合わせて賃貸のその家は解約された。そのアパートは私の実家にほど近く、中庭に美しい大きな樹があった。ベンチも置かれていたけれど蚊が多かったので優雅にベンチで読書、はできなかった。夏には花火が見えた。隣が市の管轄の緑地だったから、見晴らしも素晴らしく良かった。

あの家にあったものは全部今はそこに無い。少し古めかしいグレーのFAX付の電話も捨てられたはずだ。

それでもまだ私のスマホにはあの家の電話番号が「よく使う相手」として残っている。帰りたくても永遠に帰ることはできない。おじいちゃんが居ないのは納得できるのに、あの家が無くなってしまうことはなぜか無償に納得がいかない気がした。

あ、と思った。これか。

色気のない、情のない話をすればこれはただの所有の意識により「あったもの」が「無くなってしまった」と悲しんでいる状況なんだと思う。

おじいちゃんが死んでも「お疲れちゃ~ん」みたいな感じなのは、私は人間が生きている限り死ぬことを完全に理解しているから、人間に対しては所有を持ち出すことがないんだろう。

でも、好きな場所に対する執着は、あるんだ。

 

何で場所に執着するのかなって思ったら、一番失われがちだからじゃないかなと思った。レア度と言うか。人は場所が変わっても生きているけれど、場所、家は人が居ないと途端に輝きをなくすし、現実問題、賃貸なら住む人が居なくなったら即出ていかなければならないし。

のわりに、人とセットで場所は思い出される。その家特有のにおいや、晴れた日と曇りの日の陽の入り方の違いや、家の近くの季節ごとに咲く花や草なんかも。案外、蛇口とシンクの間の高さとか(おじいちゃん家は蛇口が結構高かったから洗いものするときは注意しなくてはいけなかった)、取りにくい胡椒が置いてある場所とか。下駄箱にぎゅうぎゅうにつまってたスリッパ(お正月におじいちゃん家に親せきがそろう瞬間がある)とか。

冷凍庫いっぱいの生協の揚げ物とか、こんなこと言ってたらキリが無い。さらに今、私は特に感傷的になってる訳じゃなかったりもする。

でも人はこうやってつらつらともう無い家のことやそこに置いてあったものを書き続けるこの気持ちのことを「何とか」って感情のラベルを張るんだろう。私は、今、これが何なのかは、あふれるまでは分からないのだけどさ。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください