めざめよドジ/感情のボリューム/適職と天職

girl backshot

 Photo by Ravi Roshan

最近ドジが多い。

布団の上で壊れたペンのふたをあけてシーツに墨汁をたらしたり(落ちなかった)、出にくいはちみつを立てかけておいてテーブルにぶちまけたり(ふたがゆるんでた)、白い服をきているときに限って色の付いた食べ物(赤)を服に落としたり。

これは今に始まった訳じゃなくて、私は物心ついた時からドジだった。忘れ物も多かったし、転ぶことも多かった。小さい頃からそれが私なんだと思っていた。

30代前半ではたと気づいた。その時私はサービス業に従事していた。仕事中は几帳面と言われていた。仕事だからと全てきっちりするようにしていた。でも全然楽しくなかった。自分の感情は仕事の邪魔だとゴミ箱に捨てていた。そのうちに自分がどこにもないと感じるようになった。

あれ、私のドジな部分どこ行った?

私は別人になりたかったのだろうか。否、私はただ社会に適応したかっただけだ。けれど、必要以上に空気を読んで、必要以上に自分を殺していた。その時の友達は、私にダメ出しをしてくるキツい人が多かった。自分を殺してキリキリしながら心の中で他人の「ドジ」にダメ出しをし続けている私のような。

でも、よくよく考えたら、私は私のドジな部分が嫌いじゃなかった。

だから私は、仕事もプライベートもあえてきっちりやらないようにしてみた。仕事だろうが誰かがしなければいけない用事だろうが、やりたくないことを「やりたくない」と言った。できないことを「これ私できないよ」と言った。もちろん「それでもやって」と言われたら「やりたくないなー」と思いながら(時々言いながら)やった。

sheep

不思議と「やりたくない」と言ったことやることは嫌じゃなかった。大切なのは、やりたくないことを「やらない」のではなくて、やりたくないことを「やりたくないと周囲に伝えること」だと分かった。

同時にやりたい作業は「やりたい」と手をあげた。周囲の人は「えっそれ好きなの? 私苦手なんだけど」と言った。私は嬉々として作業をこなした。1日中やっていても苦じゃなかった。

自分の気持ちを正直に言っていると、我ながら私は性格が悪いなぁと思うこともある。でも、これが私だからしょうがない。

自然にわき上がってくる感情を伝えた時、「えっ」って顔をされるのはいつものことだ。大人なのにそんなこと言っちゃうの? って感じかもしれない。でも、今では「それがあなただから」と言ってもらえるようになった。

私は、ちゃんとしないと嫌われるって思ってたのだろう。実際「ちゃんと無理して頑張っている私」が好きな人は離れていった気がする。

今、私の周りには「地図は読めるのに肝心なところですっごい間違える私」とか、「仕事したくないときに帰ろうとする私」とか「偉そうなことばっか言ってるけど行動が伴わない私」とか、そういうドジだったりダメな私が好きな人が居てくれている気がする。


私はごく最近まで、自分が何を好きで何を嫌いなのか分かっていなかった。

理不尽な時間がかなり長かったので、感情のボリュームのツマミをオフにしていたから。

そうでもしなければ、逃げ出せない「嫌」「怖い」「悲しい」「苦しい」「辛い」っていうあらゆる負の感情を感じ続けることになり、死んじゃうって、子供の時の私は無意識に判断したんだろう。

感情ボリュームのツマミがオフのまま、私は大人になった。

家族や周りの人たちに「好きな仕事」があるのがよく分からなかった。なんでそれが好きって分かるの? なんでそれをずっと続けたいって思えるの? なんで毎日仕事のために文句言いながら通えるの?

特に仕事に関しては、好きってなに? という状態だった。サービス業は適職でしかなかった。

恋愛においても、私が「これが愛なんだ」と感じていた感情は相当ずれたものだった。つい最近まで私の愛の内訳は「依存」と「刺激」であった。

母がくれたのは愛と痛みだった。だから私の中で愛と痛みはイコールだった。当たりまえに痛みをくれる男の人を好きになった。幸い、直接暴力をふるってくる人は居なかったけれど、その分言葉の暴力や無視をする人、いわゆるモラハラ気質の人と居る時間が長かった。

それに、自分が辛さを感じるのもそう悪くはなかった。その場所はわたしがかつて閉じこめられていた場所だから。自由になった今でも、まだ鎖はつながっているのかもしれないと思う。痛みの檻は懐かしくて、安心できる場所のように感じられていた。

最初は盲目的に恋に落ちる。ハネムーン期間を過ぎたあと、相手は私につらく当たるようになる。人前では紳士的なのに、喧嘩してひどい罵声を浴びせられる。無視される。ひどい扱いをされる。その時は、辛く当たられるのはなぜなら私は彼の身内だから。彼が唯一心を許している相手だから。本当に愛しているからだ。と思いこもうとしていた。

決定的な矛盾にハッキリと気づいたのは去年の夏だった。

私は愛している人に「死ね」とか言ったりする?

…言わない。

私は愛している人に「自分が怒っているのはお前のせいだ」とか言ったりする?

…言わない。

私は愛している人に対して不機嫌になることで、言うことをきかせようとしたりする?

…しない。

私は、自分の基準で愛じゃないことをしてくる人に愛を感じていたのだ。バカだなぁ。私は素直すぎたんだ。そしてきっと、数年前の私だったら今の彼氏を「優しすぎる男の人なんてぬるい!」と言って切り捨てていただろう。

tree bluesky

今、優しすぎる彼氏選手権があったのならぶっちぎりで優勝するような彼氏と一緒に居るようになって、びっくりすることが多い。

彼は私がしようとすることに対してだいたい全部「いいよ」と言ってくれる。わたしの意見を尊重してくれる。私の好きな物を理解してくれようとする。ジャッジしない。命令しない。理不尽な理由で怒らない。怒っても私のせいにしない。無視して私をコントロールしようとしない。

そんなの当たり前じゃなかった私にとって今の彼氏は逆に脅威だ。私は、人間から辛い仕打ちを受けて小屋から出ることができない元捨て犬の気持ちが呼吸困難になるほど分かる。いきなり目の前に現れた優しい人間がご飯を恵んでくれたからといって能天気に「わーい」って受け取れるような性質ならここまでこじれていない。

Sprout

優しすぎる彼氏の登場により、好きなことを好きって言ってもいいんだ、と心が完全に開放された。気づけば感情のボリュームのツマミはMAXを指している。好きとか嫌いとか、感情がクリアに聞こえるようになった。それでも分からない時は、自分に何度も問いかけた。好きっぽいことをとりあえずやってみて、やっぱり嫌いだったこともあった。

変化は少しずつ、じわじわと起こったけれど、ちゃんとしないようにする→感情のボリュームが上がる→愛の定義が更新される、という順番で変わっていった気がする。

と、やっとここまできて、私は好きな仕事を選べるようになった。好きな仕事を自分にさせる許可が自分から下りたのだ。長かったと思う。もっと早くから自分の好きが聞こえていた人は、若いうちから取り組んで経験を積み、すでに能力も高くなっているんだろうなと悔しいこともある。

それに、今さらこれをやることに何の意味があるのだろうかと思う。私の文章なんて何にもならないんじゃないか。ただ時間を減らすだけなんじゃないか。ただ恥をかくだけなんじゃないか。一銭にもならないんじゃないか。

でも、文章を紡いでいる時間はただ幸せで、この気持ちを知ることができたのは何にも代え難いことなんだと分かる。こんな気持ちは知らなかった。生まれてきて良かったとやっと感じてる。成功するとか失敗するとかどうでもいい。好きなことをする。ただそれに生きたい。好きなことに気づくまで35年もかかってしまった。

blue sky window

仮に人生70年だとしたらもう折り返しだ。やりたいことがたくさんある。死ぬまでは長いけれど、きっと短い。

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