これは私の物語―28日後/トレインスポッティング/スラムドックミリオネア→私はダニーボイルが大好きだったらしい―

movie slumdog millionaire`s poster

明け方にふと目を覚ますと天井を見つめる間もなく(暗闇で天井は見えなかったのだが)「あっ、スラムドックミリオネアは私の物語だった」と思いつきそのままPCに向かっている現在6:40。

本日の日の出は7:02、ほどなく夜明けを迎えるが台風で雲も多そうだから明るくなるのには時間がかかるだろう。そしてtwitterを見ると壇蜜さんがご結婚された模様で、今日は既婚未婚問わず男性の涙が降り注ぐことになるだろうと予想される。

まぁそれは良いとして。

スラムドックミリオネアを見たのは劇場公開後すぐだった(劇場公開は2008年)。映画館では見ていなくて、公開直後にテレビかネットでレンタル開始のCMを見て「これは!!!」と思いレンタルで見たのだ。

 

 

見たことのない方へ簡単に説明すると、「スラムドック」は「スラムの負け犬」を意味する蔑称。インドのスラム育ちのジャマールはコールセンターで働いている。多くの人々が一攫千金を夢見てインド版「クイズミリオネア」で熱狂する中、ジャマールはとある方法を使って出場権を獲得する。あらゆる知識が必要とされる最難関のクイズの最後の1問になるところまで正解を重ねたジャマールだったが、テレビを見ていた警察は「スラム育ちの教養のない若者が正解できる問題ではない」と、カンニングを疑い連行。供述するよう強要する。

といったお話です。

最初は音楽に惹かれて見た映画だったのだけど、あまり見たことのないインドのスラムの「中」、それも外からそれらしく撮るのではなく、縦横無尽に走る子供目線の疾走感のある映像も素晴らしく、もちろん物語もよくあるサクセスストーリーとは一線を画していて、 見終わった後は感動と共にに爽快感を強く感じたことを覚えている。

何で今これを思い出し、しかも書こうとしたのかは定かじゃない。けれど、先日友達に「イエスタデイという映画が今やっていて、すごく見たいの!」とストーリーを何となく説明したことにも由来しているのかもしれない。

「イエスタデイ」は現在?か少し前、CMもしていたので知っている方も多いと思います。私は先日内地で「君の名は」を見た時に、劇場で予告編を見て「これは!!!」と思い、レンタル開始したら見ないと!と思っていたのです。

「イエスタデイ」については自分で見ていないので公式サイトに説明を投げさせて頂きます。

YESTERDAY公式サイト

 

この記事では引き続き、特に「スラムドックミリオネア」(正式名称はスラムドック$ミリオネア」ですが)のお話をさせて頂きますね。万が一検索でたどりついてしまった方へ→この先には「イエスタデイ」についての文章はありませんよ~見たいよ~泣


で、なんで「スラムドックミリオネア」が私の物語なのか。このブログの懸命な読者の方にはおなじみのあれです。私の子供時代にその理由があるのです。

またかよ!

て思ったあなた、そうですまたです。またで~す!というか、まだです。というか、私だってまたかよ!って思ってるよ!いい加減別の話しようぜ!してよ!ねぇ~私~お願~い!って思ってるよ!思ってるんだけどさ。

この感情は膿なんです。全部吐き出さないと子供の時の二の舞―気持ちを言うことが許されなかったし、その気持ちを否定して自分の中と外が混乱した結果、感情を感じなくするという子供にあるまじき状態を引き起こした―になってしまうような気がしてどうしようもないんだ。

感じてるものはネガティブだろうが周りが引くくらいの恨みだろうが本当なんだもの。しょうがないよね。もちろん私の勘違いと上乗せされている部分はあるとは思うし、固執し続けているのは私の選択だけど、

しょうがないじゃん!

って感じなので話していこうと思うのです。こういう時、この場所があって良かったなぁと思います。そのうち飽きるとは思いますがね、大人になっても親の愚痴を言い続ける私です。はっはっは。早く飽きるといいね!または愚痴を言うのがツマンネってなるくらい毎日が楽しいといいね!

 

それでここからは「スラムドックミリオネア」のネタバレも入ってくるので映画を見てなくてネタバレ嫌な人は見てから来てね☆

 

なぜ主人公ジャマールは、「クイズミリオネア」で最後まで正解することができたのか。それは、苦難の子供時代を過ごしたから。て、苦難どころか、あんな風に目の前で親を殺されたりするなんて地獄です。親が居ない、とかも地獄かもしれないけれど「持っていた物を奪われる」というのは高低差があって本当にクると思うのです。

それでもその時代のインドでは普通にあった話だろうし、まだそういう紛争をしている場所もあるだろうし、今だからといって古代やら戦国時代より数は少ないとはいえ、あるだろう。や、ある。そしてそれは目の前で誰かが殺される、もそうだし、逃げ場のない状況で自分を殺す、もきっと同じようなことなんだと思う。

日本は戦争が終わっても軍事教育が家系に残ったままだ。しかも誰も「戦時中の考え方ハイ終わり~!ここからは人間の権利を守るみんなに優しい思慮深い社会にしまぁ~す」をしていないから、今も親子間で戦争が回り続けている。あと会社の中も。日本はこのところ戦争はしていない。見た目。でも、戦争が終わっていない。戦争のしくみがずーっと「誰かを殺そう」としている。「自分が殺されないように他人を先に殺さないと」と。

そういう意味で多くの子供から大人まで、優しくて感受性が強くて(つまり弱くて)本来ならば守られるべき人間から殺されてしまうのです。最近は精神を殺すだけではなく命も持ってかれてしまいますね。命が奪われなくとも、精神を殺したのなら時限爆弾となって体の中で生き続けいつか主を殺そうとします。私は自ら死のうとしましたし、その死の理由の1つに親から言葉で言われなくとも「あなたには価値がないよ」と囁き続けられたことがあったからだと思います。

そんな自分(の愛すべき世界)を殺された人間でも、成長して為すべきことはあると思うのです。「スラムドックミリオネア」の映画のキャッチコピーは「運じゃなく、運命だった」スピリチュアルの世界では自分が「現世の自分」の設定を選び生まれてくるという話もあります。私はくそくそなんでこの設定やねんと思うことも多いのです。が、そこから抜け出すために一番重要なことはハンドルが自分の手の中あるということ思い出すことだと思います。

さらに私の感動ポイントは映画の中で多くのインドの人々がジャマールに熱狂するところ。最初は「どうせ無理だろう」という視線も多いのです。それでもジャマールは傷を前進する力に変えてゆきます。

今まだ芽が出ていなかったりトンネルの中だと感じている状況もそれら全てを生かして生きてゆけるし、多くの人々の力になれる可能性があるということ。「スラムドックミリオネア」が私の物語、と言うには早すぎたかもしれない。まだ私は何も成していないから。だから、これらは『私の物語になればいいと期待を込めて生きたいという私の単なる希望だ』という話である。よろしいか。(←誰への何だろう)

 

リセマラという言葉がある。リセットマラソンの略だ。スマホゲームをインストールした時に、一番最初にガチャを何回か引くことができる。強いカードが出ればそれだけゲームを有利に進めることができる。が、ガチャで良いカードが出る確率は低いので、大抵は「納得がいかない」とゲームをアンインストールして強いカードがそろうまでこれを繰り返すことをリセットマラソンと言う。

生まれに文句を言ってそこから動かないのはこのリセマラをし続けている状態によく似ているんじゃないかなぁと最近感じたのです。自分で選ぶか神様に与えられるかは結局のところ分からないしどっちでもいいんだけど、親兄弟親戚、お金持ち普通貧乏、生まれる国、他、さらに子供の頃に自分の選択外で与えられるもの、または自分が選択をさせられて選んできてしまった全て、私たちに与えられたカードなんだろうと思う。

人生リセマラできたらそりゃいいなと思うの。「親がこうだったら」とか「親がこうじゃなかったら」傷被害悲しみ苦しみコンプレックスとか自分にまつわる設定全部!もう一回!できたらいいなと思う…んだけど、それこそ無限マラソンなんだよね。や、ゲームのリセマラは別にタダだしすればいいし(時間はもったいないと私は思うけれど)その先のゲームが楽しくなるならそれを自分に許すのもいいことだろうなと思うんだけど、人生では諦める一択なんだよね。諦めきれないのはものすごーく分かるけれどもさ。

それについて最近、親を許したり、現状を受け入れた(諦めた)ら、今までガルルルしてきた自分の気持ちが無駄になるんじゃないかって。損になるんじゃないかってむかつく気持ちもあったような気がします。

でもそれって、喧嘩して相手に謝らせたくてぷりぷりし続けている幼稚な母親そっくりだな…とぞっとする。

ま、そういう、あらゆる自分の設定に満足できていない人にもこの「スラムドックミリオネア」はオススメです。最初の設定じゃないんだって。それも良い方が良かったけれど、良くないから後々良いこともあるんだって。そして、それは自分が光の方を向き続けたから。闇を無視しないで、闇は闇として正しく抱き続け、葛藤があってもそんな自分も受け入れることができたから、扉は開いたのだ。

 


「28日後…」は、私がイギリスに住んでいる時、唯一映画館で見た人生初ゾンビ映画で、怖すぎてもう絶対映画館で怖い映画見ないと決意した記念すべき映画です。テレビでも見れないけれどもさ。でも楽しくなくはなかった思い出。英語、ろくに分かってなかったと思うが、最後までちゃんと見た気がする。分かりやすいっちゃ分かりやすいものね。

「トレインスポッティング」は一時期部屋にポスターをビレバンで買ってきて貼っちゃうくらい好きだった青春ジャンキー音楽さいこう映画です。

ただ、私、特に外国の人の名前を覚えるのが苦手で、今朝あっ「スラムドックミリオネア」の話ブログに書こうって思いついてwikiで下調べするまで「トレインスポッティング」が「スラムドックミリオネア」の監督と同じ人だって知らなかったんだよね!または知ってたけど華麗に忘れていたか!

「スラムドックミリオネア」って、「トレインスポッティング」あるよな~とか考えてそう書こうとしていました。私のおばかが露呈するのは全然いんだけど直前で回避できた。wikiありがとう。

ただ「トレインスポッティング」はイギリスのあのほの暗い、出口がない灰色の建物と空、もちろんウダツは上がらないしドラッグする変人ばっかり、のようなウツ~な感じと音楽が素敵だったけど、当時12歳だった私にとってはかなり遠くの、しかも謎のおしゃれさがあって憧れはありつつも身近に感じることはなかった。普通になんか怖かったし。好きって言ってたらおしゃれじゃない?みたいな打算で好きだった部分もあったような。 

かたや「スラムドックミリオネア」はインドのすーぐ踊りだしちゃうような陽気さと色彩の豊かさ、イギリスが灰色ならインドは赤い土。茶色と言うか。そういう生きる力とか強さを感じる。

ああ、何度でも見たいし大切な人たちに大切な人と見て欲しいのが「スラムドックミリオネア」である。ただ…潔癖症の人は…気を付けた方がいいかな?それはまぁ「トレインスポッティング」も同じようなものだと思うけれど。(イギリスのトイレってさぁ…!いやインドもたいがいだけどさぁ…!)

 

ということで書き散らかしてきてちゃんとまとめられるか不安だしもう2時間もこんなこと書いててすっかり朝の石垣島です。台風はまだあるけど気象情報を見たら昨日まであった暴風域が消えているのでそこまで心配はなさそうです。油断しちゃいけないが。あと、朝日は見えなかったけれどそれなりに明るい朝で良かったです。

これからは好きな映画監督は「ダニーボイルです」って言えるようにしとかないと。それから早く「イエスタデイ」見ないと。なんとなくイメージ壊したくないからって敬遠していた「トレインスポッティング2」も見ないと。

さらにそういえば「イエスタデイ」の脚本はリチャードカーティスって人で、この方は「ブリジットジョーンズの日記」(長らく見ていなかったのだけど先日prime videoのあなたへのオススメに出てきてさすが!←Amazonアゲの話です笑と思った)、そして「ラブアクチュアリー」と「ノッティングヒルの恋人」の脚本家さんだそうでさらにさらに嗚呼!って思ったよ。

私は俳優をしていた割に、そして映画をそこそこ見ていた割にやっぱり監督の名前とか脚本家の名前を覚えるのが苦手すぎて全然覚えておらずほんとそういうところ駄目なんだけどね。でもこうやって後から嗚呼!って感動したり悶絶したりできるから無知も悪じゃないね。てか、結果イギリス大好きか!って話でもあるな。

たーのしー

私は「夜明け前が一番暗い」って言葉があまり好きじゃないです。暗い時はちょっとだろうがものすごくだろうが暗いからです(比喩だろうが夜明け前が一番暗いも嘘でしたし)。夜明けが近いとか遠いとか関係ないしとか思うからです(励ましの言葉を素直には受け取れないタイプ)。しかも明けりゃいいだろうというのも違うと思う。人間の中にはポジティブもネガティブもあるし、どっちかだけでもだめだし、陰を極めれば陽に転じるように全てはサイクルで繋がっているから。

そう、どっちかだけでもだめなのです。それは自然として不自然だからです。

人生の中の良い要素だったり、他人に見てしまう素晴らしさだけを集めて自分の価値を高めようとしても意味はない。自分に与えられたカードを、世界を、納得できなくても愛して、けれどもちろん嫌なところはNOと言って理解してもらえないならさっさと離れて、何が愛なのかとか全然分からなくてもただひたすら自分を楽しく、そう、自分が楽しいと思えるような毎日を自分に与えてあげることができたらそれがいいと思うのです。

そうすれば扉は開くし、開かなくても死なない。し、いつか死ぬから大丈夫。(私が最近開発した「~~しないと死んじゃう!」っていう頑張り屋さん特有の脳の暴走病を収めるための方便、良かったら使ってね☆でも他人に気軽に言っちゃだめだぞ☆)

大丈夫。成さなくても死なない。太陽が出なくても死なない。だが、いつか死ぬから大丈夫。 今まで真夜中だった人も、陽の下に出ても真夜中を抱えてしまっている人も、元気なふりして真夜中に飲み込まれそうな人も、もちろんただ元気で幸せ~な人も、みんな、傷と仲良くなんとなく生きていきましょうかね。

うだうだしてしばらくPCから離れたりごろごろしたりして結局12:36に書きあがりましたとさ。

 

 

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