ゴールデンウィークなのでまたしても彼女をお休みして愚痴をはく日記

beach girl running

 photo by Kim Daniel

 

ゴールデンウィークですね。

私は一昨日まで続いていた何もやる気がない状態から立ち直り、昨日、今日とお仕事をしています。平日好きな日にお休みするかわりに、土日やら祝日は極力家で仕事をする派です。土日祝おやすみの人の邪魔をしてはいけない。シフトサービス業根性が染みついた私はそう思う訳です。

かつては雨が好きで晴れが嫌いだったけど、ここのところの天気と自分の状態を見てみると、私の気分って天気と同調しているんだなと、納得半分、残り半分は「今まで何気取ってたのかしらまったく」という自分に対する不信感でいっぱいです。

そうそう、一昨日寝る前に彼氏に「明日からしばらく彼女お休みしまーす」ってメッセージを送りました。(彼女をお休みすようになった経緯はこちらです)

これで彼女をお休みするのは2回目です。数日前に彼氏にゴールデンウィークは忙しいかもって言われた時に「え、じゃあ私も彼女お休みしようかな」って打診していたら、いいんじゃん? って言ってもらえたのでそうしました。とても気が楽です。何が変わるのかって聞かれても状況的には何も変わらないんだけど、なんか知らないけど楽。これが全てだなって思います。

とか言って、だから付き合わないほうがいいという訳ではないとは思う。あくまで遠距離で彼女でいるのが辛いのだ私は。なんでかは分かるけれどやっぱり分からないよ。切ない時もある。

 


 

実家に彼氏を連れて帰った時のこと。

つい先日入籍したばかりの弟と弟のお嫁さんも帰ってきていて、私は指輪を見せてもらっていた。刻印からその指輪のブランドの話になり、私が「そこ結構かわいいのあるよね」と言うと、弟は意外な顔をした。

え? 知ってるの? なんで?

弟はきっと、そのブランドのことを指輪を買う段階になって初めて知ったのだろう。私は答えた。

「24歳から結婚したいと思っていたし、その時から今までに2回は結婚しようとしたんだもの。指輪だって調べたよ」

弟はまずった、という顔をして、お、おうと声を漏らした。私も彼氏も気にしないけれど、弟としては大失態かもしれない。でも、そもそも私も確信犯で答えてるからお互い様だ。

とは言え、ここにこうして書いているあたり私の中には何か煮え切らないものがあるのだろう。だからといってその気持ちがなんなのかは、私には分からない。

 


 

「自分」というものの取扱説明書を見なくても上手に動かせる人はいるだろう。頭と心と身体がちぐはぐでない人。なんとなくできた、とか、普通にしているだけとかで生きてこれた人。良し悪しという話ではなく、私は頭も心も身体も全部ちぐはぐだったから羨ましいなと感じることがある。あと、象の群れの中にいる蟻のような環境も良くなかった。誰かが悪い訳ではないだろうが誰も私を理解しない。私は拗ねた子供だった。

うまくいかなかった子供時代を何度も反芻する非生産的極まりない時間ををうじうじ過ごしつつも、大人になってしばらくじたばたしたらやっと自分の取扱説明書を書きあげることができた。

もちろん取扱説明書に書いていないトラブルが起こることだってある。事故や事件が起こらないなんてことは誰の身にも言えない。明日病気になることもあるだろう。それでも、手元に自分の取扱説明書がある人生はなんて安心感に満ちているんだ。

もっと早く私は取扱説明書を手に入れたかったよ。と言って子供時代の恨みつらみを募らせるのもそろそろやめにしたい。時間は戻らないし親は神ではない。だからといってやっていいことと悪いことがあるだろうって思うけれど、私が自分の子供(いません)とどう向き合うかによって、昇華されるかどうかが決まるんだろう。

自信は特にない。

修行のようである。日々問答を繰り返し、波を少しでも上手に乗りこなしたいと考える。しかし、乗りこなしたいと考え始めること自体が、乗りこなせない自分を呼んでいるとも思える。堂々巡り。エンドレス。気が付いたら死んでいる気もするから、その前に好きな人と可能な限り長く共に過ごす時間を作りたい。

ふぁっく遠距離恋愛。はやく次の場所へ進みたい。だがしかし、この場所でふんばって何とかやらなければいけないことが今はある。自分で決めているから、誰のせいでもない。不幸でもない。幸せではある。

 

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