音もない旅客機が飛んでゆく空の下で眠る夜

sky and plane

photo by Arūnas Naujokas

私の母には妹がいる。その家族は旦那さんが長らく転勤族であったために、私が子供のころは東京近辺や東北周辺で引っ越しを繰り返していた。

その叔父さんと叔母さんが定住を決めた家にふと遊びに行ってきた。

池袋から東武東上線で1時間弱、ド埼玉である(notダ)。駅からロータリーに続く階段を降りるとちょうど小雨が降り出していた。叔父さんが車で迎えに来てくれていて、私は雨を避けるように車に駆け込んだ。

私の家族同様、ここのうちも比較的友達感の強い一家である。おひさしぶりっすー。私は母方の孫第一号だったので、そこら辺(母の両親やその一味)の人には無条件で可愛がってもらえる空気を子供の頃からほんのりと感じていた。まあ、この家にも可愛い姉妹がいるし、私の思い込みかもしれないけど。

家に向かう車中で、今住んでいる場所がどれだけ素晴らしいかという、叔父さん曰く「地元自慢」を聞かされた。といっても、母方一族は東北の出身で、叔父さんの本来の地元(出身地)も東北である。いつから埼玉が地元になったの? と発言にささやかな異を唱えたところ、逆に異を唱え返された。

確かに、会社を定年退職した後に終の棲家として家を構えた場所だ。もう住んでいない出身地はひとつの地元ではあるだろうが、何年か暮らし、住民税だって払っているのだからこの場所を地元と言う権利だってあるはずだ。「地元とはいったい?」しばらく私はぼんやりと考えていた。

答えが出ないまま、彼はとあるミュージシャンの名前と曲名を知っているか私に問うた。

「キリンジの『エイリアンズ』って知ってる?」

その曲は、しばらく前に恋に破れささくれ立っていた私の心を慰めてくれた曲だった。歌っているのは秦基博だったが。

「キリンジの出身地はここで、だから彼らが歌っていた公団はこのあたりのはずなんだ」

苦しすぎて、なんとか出かけてみた車の中で、一人涙を浮かべながら繰り返し聞いていたその曲は平たく言ってしまうと神曲だ。何度もカバーされているし、CMでも流れているわけだからそう考える人は少なくないだろう。…あの神曲に出てくる場所に住んでいるなんて。ネットでギターの楽譜を探してしまったほどの私の胸の中は、一瞬よく分からない嫉妬心で満たされたのだった。

多くの工場があり、そこで働く人や家族のために建てられたという団地がいくつも連なる。東京や私の地元のそれと違うのは、かなりゆとりを持ったレイアウトになっているということ。無造作ともいえるかもしれない。それぞれの建物の間には梅雨で勢いを増す緑の木々とあじさい、そして名もない小さな公園が設置されていた。

もともとエレベーターはなく、階段で最上階まで登る。辛いことはないけれど少し息が切れた。彼らは年を取って足がつらくなったら、同じ敷地にある同じような団地の1階か2階に引っ越す予定だそう。築30数年以上が経つこの団地では、下の階の物件が出たらおじいさんやらおばあさんたちが殺到するらしい。でも、ここを離れたくないと感じる気持ちは痛いほどわかる。

何度かリフォームを経た、手入れの行き届いた団地の部屋は解放感よりも安心感をくれる。大事に育てられたその空気はいつでも眠ってしまえるような心地よさがある。そんな静かでやわらかな家に住む彼らは私を娘のように、いや、多分きっと「今日だけだから」という理由で娘以上に甘やかしてくれるのであった。

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