心臓の手術を2回して、ちょっとアレだった心臓を治した話。

girl standing in a green field

photo by Sarah Diniz Outeiro

子供の頃、アレルギー性の鼻炎に苦しんだ。風邪をひいている訳じゃないのに鼻が詰まって苦しい。ぐすぐすしているとたびたび「汚い」と怒られた。大人になってからハウスダストとブタクサのアレルギーということが判明した。

今なら「どんだけ理不尽なことをしかも子供に言ってるんだ」と言えるけれど、その時はただただ自分を、自分の身体を、不健康な私はいけない子でそれは私のせいなんだ、と全てを呪っていた。

成長して食生活をコントロールできるようになるとアレルギーは良くなった。でも、今度は精神がおかしくなった。今考えると、もともと身体も精神も少し偏っていたんだろう。って、偏りがない人間なんていないと思うけど。身体が健康になったせいで、心の不健康さが目立つようになったということかもしれない。

精神を病んでいる途中で、心臓の不具合が見つかった。症状は動悸。

普通、動悸は走ったり、いきなり激しい運動をしたらなるものだけど、私の動悸は朝方、寝起きになることが多かった。眠っている間に動悸が始まって、息苦しさで目が覚める。時間はだいたい6時とか6時半とか。

脈拍を計るとBPM180くらい。身体は横になっているのに、いきなり全力疾走した後のように息切れしている。もちろん苦しい。でも、死にそうなほどではない。仕事中になることも多かったけれど、それでも心臓がばくばく言うだけで頑張れば特に見た目にも変化はない。

でもとにかく辛いのだ。そこそこ辛いだけだから逆に死ぬほど辛いのだ。

* * *

頻脈という名前がつけられたのは23歳の夏だった。体育館でミュージカルの稽古をしていた。それはいきなり始まった。疲れていて、暑さで体内の水分も少なかったと思う。いきなり心臓が鳴り出して、私は混乱した。え、何これ? それまで動悸は年に1回あるかないかくらいだった。それにもっと静かだったし、数分でおさまっていた。なのに今は身体の内側から誰かが出せとドアを叩いているかのような激しい鼓動が続いていた。1時間休んでもそれはおさまらなかった。

家まではタクシーで帰った。夜になってもおさまらないので、車で救急病院に行った。先生は言った。「ここでは処置できないので、別の病院へ行ってください」私はサイレンが鳴っていない救急車に乗せられて、救急病院から20分くらいの別の病院に行くことになった。

その間もずっと激しい鼓動は続いていた。一生このままだったらどうしよう。寝心地がたいして良くない救急車の中で、私はさらに混乱していた。

病院に着くとベッドに寝かされた。酸素濃度を測るクリップのような機械で人差し指を挟まれた。チューブのついた針を腕に刺されて、そこから注射器で薬を数回に分けて血管に入れられた。

しばらくすると全身にいきわたった薬が揮発して、身体から消毒液の匂いが立ち上っているような気がした。心臓に染みると、とてつもなく苦しい瞬間が訪れた。呼吸がうまくできなかった。胸が張り裂けそうに痛かった。ああ、急に心臓が止まって死ぬ時ってきっとこんな感じだ。苦しい。「息止めないでね」先生は言った。あまりの辛さにあれ? 今、息を吐くんだっけ吸うんだっけ? と分からなくなっていた。心臓の鼓動は数秒間ゆっくりになって、また速度が戻った。

しばらく様子を見ていた先生は「止まらないね」と言った。薬品の注入を2度ほど繰り返した後で、やっと動悸が収まった。私は疲れ切っていた。いうなれば心臓だけ半日マラソンをしていた状態である。心臓と身体と、もちろん心も全部ばらばらだった。私は疲れ果てていた。自分の得体のしれない心臓に失望もしていた。子供の頃、自分にかけた呪いが正しく効果を発揮してしまったのだと悟った。

* * *

頻脈と言うのは心臓の電気信号伝達部分に余計な線がついていることで起こる。つまり、心臓の誤作動である。余計な線があると、一度の信号であるにも関わらず、途中で何回もループしてしまう。すると、必要以上に脈拍が早くなってしまう。さらにストレスも原因になるとのことだった。

私の心臓の中心部に近いところに、余計な線があるのではないかということが検査の結果分かった。その線はアブレーションと呼ばれる手術で焼き切ることができる。切除して取り出さないといけないものではないので、50度くらいの温度でその部分をやけどさせてしまえばループ機能は失われるということ。しかも、開胸しなくても良いらしい。

じゃあどうするのかというと、足の付け根にある太い血管を切って、そこから細い針金の束を通し、心臓まで到達させる。モニターを見ながら器具に電気を通し、心臓のどの部分が悪いのかを特定する。特定できたら、その場所を焼いてしまうという寸法だ。

東京にある某大学病院で説明を受け、手術をすることになった。手術の前の日から入院した。外が見える場所のベッドだったけれど、窓とベッドの間にはカーテンがかかっていたので外を見た記憶はあまりない。夜、テレビをつけたらたまたま美輪明宏さんが「ヨイトマケの唄」を歌っていた。なぜか私は号泣した。別に手術が怖い訳ではなかったと思う。4人部屋だったので、泣き声を押し殺して眠った。

ところで手術を受ける中で一番痛かったものは尿道カテーテルである。次の日の朝、尿道に管を入れられて私はトイレに閉じこもった。痛すぎてストレッチャーにだまって横になることすらできなかった。すぐにでも抜いて欲しかったが、願いは叶わず説得されて手術室まで運ばれた。先生からリラックスできるだろうからと手術中にかけるCDをリクエストされていたので持って行っていた。BoyzⅡMenのアルバムを流してもらったような気がする。

気が付いたら手術は終わっていた。ストレッチャーに乗せられ手術室から出ると父と母が居た。手術したその日と、その次の日の記憶が飛んでおり、再び目覚めると入院した日から3日経った退院の日だった。心臓は治っていないと言われた。

* * *

どうやら電気信号をループさせている線は、心臓の動きそのものをつかさどる部分にそうとう近かったらしい。焼き切ると言うことは、周囲も少しやけどさせてしまう。手術は断念せざるを得なかった、無理やり手術をしたら心臓の動きをつかさどる部分まで動かなくなってしまう可能性があったので引き返してきたのだ、と言われた。

しかも、私がそう説明されたのは2度目らしかった。記憶は1ミリもなかったが、私はもともと手術の次の日に目覚めて治っていないという話を聞かされた後ぶち切れ、怒りながら母を蹴ったそうだ。あまりにも私が暴れるものだから、強制的におとなしくなるような処置をされたという話だった。

記憶もないし、普通に我にかえっている私はそっか、とだけ思った。特に強い感情は呼び起こされなかった。記憶がない時の私が全部エネルギーを発散しつくしたんだろう。

そもそも、私は手術にそこまで乗り気ではなかったのだ。病院で頻脈と診断されてから、治すには手術が最適、しかも手術は成功率が99.8%くらいだからみんなほとんど治るよ、心配することはないんだよって言われ、自然に手術をする運びになっていた。でも、そこまで治す必要性も感じていなかった。確かに動悸は起きたのだけど、そのあと体育館でなったようなひどい動悸は起きていなかったから。そんなに必要かな? って思いながら、でも手術したほうがいいからと手術することになった。しかも治らなかった。

自分の部屋に勝手に他人が入ってきて、勝手に写真を撮られ評価をされた、みたいな感じがしていた。別に私はそこまで不自由を感じていたわけじゃないんだってば。しかも取られた写真は勝手にコンクールに送られて、落選してしまった、みたいな。

実際、確かにがっかりはしたけれど、それよりも周囲に担ぎ上げられて多少、不本意に手術をすることになってしまったという事実があったからこそ、私は切れたんだと思う。記憶ないので永遠に分からないけれどね。

* * *

そこからしばらくは薬を飲みながら動悸を抑える生活が続いた。先生は、今、アメリカの最新の技術で、悪い部分を焼き切るのではなく、冷たく凍らせることで壊死させる方法があるんだよと教えてくれた。その技術だったら、今より狭い範囲での手術が可能かもしれない。でも、まだ日本では認可されていない。将来どうなるか分からないけれど、希望は持っておこう。そのように諭された気がする。

それから10年後。2017年の春に私は再び手術をすることになった。10年の間、私は何度も病院に行く羽目になっていた。明け方に苦しくて目覚めては、昼頃まで治らず病院へ行きあのつらい薬を注射される。何度死っぽい瞬間を経験したか覚えていない。自分のことが分かっていなかった時期でもあったので、すぐにストレスを貯めてはまた動悸が発生した。繰り返し繰り返し。

舞台の本番当日に動悸になってしまって、小屋入りの時間を遅らせて病院に駆け込むということもあった。もしかしたら生きることが最も辛くて苦しい10年だったかもしれない(私の人生34年内比較)。心臓にも相当負担をかけてしまった気がする。もうこれ手術しなきゃだめだわと先生を訪ねて行ったら、別の病院に移っていた。2回目の手術は10年前とはまた違う病院で、あの新しい技術、冷たく壊死させる方法ですることになった。

期待通り2回目の尿道カテーテルも素晴らしく痛かった。前回のように閉じこもりはしなかったが、時間が過ぎているのに車いすに乗せられたまま移動を拒否した。アブレーションでは足の太い血管を切ってその後少なくとも翌日までは絶対安静(下半身動かしちゃいけない)になるので、もうこればっかりはどうしても仕方ないのだ。

……分かるけど、もっと、細い管とか、少しでも痛くないようにできないのかというね……(今思い出しても鬱になる。10年経ってこれについては何の進歩も感じられなかった)。

ちなみに、今回の手術では心臓に電気を流して反応を見るために、深い麻酔はかけないと言われた。心臓の反応が鈍くなっては本末転倒だからね。そのせいで私は手術中に数回目を覚ましていた。心臓がバグったCDみたいに動いているのが気持ち悪くて面白かった。麻酔が覚めきってしまっても良くないので、麻酔切れてきました~と合図を送ってまた麻酔をかけてもらった。

実際の手術をしてくれた先生たちは全員女性だった。前回の手術よりなんとなく雰囲気が柔らかく、リラックスしやすかった気がする。麻酔が切れかけた間に、ぼんやりとした頭で先生たちが言葉を交わすのを聞いていた。そっちはどうとか、こっちがこうだからここはこう、とか。こうしたらそうなるんじゃないかとか、そこがどうだとか。もちろん内容は全然分からなかったけど、その場に居る全員が私のことを考えて、良くしてくれようとしていることが分かった。

もう、心臓が治っても、治らなくても、失敗してペースメーカーになっても、全然かまわないやと思った。思い返せばちょっとアレな心臓だったせいで、舞台に積極的に出ることもなくなっていたし、かつて自分が憧れたりなりたいと思っていた場所から自ら遠ざかろうとしていた。

心臓さえ治れば。動悸さえ起きない身体になれば。そう願うようになった10年間だったけれど。もちろん、きれいさっぱり治った方がいいだろうけれど。でも、ただ治りさえすればいいのかって言ったら、多分そうじゃなかったんだろうと思う。

ありがとうございます、と、胸の中で繰り返した。私以外の人が、私の、私ではどうしようもできない部分に立ち向かってくれている。そういうことをしてくれる人がいるんだって知ることができただけで私は幸せだった。

手術が終わると私はすぐ目を覚ました。ストレッチャーに乗って廊下に出ると、朝は居なかった父が母と一緒に廊下に居た。父が居たことが意外だったので「お父さんも来たんだ」と言った気がする。病室に戻り先生がやってきて、「多分今度は大丈夫だと思う」と言ってくれた。「絶対ということはないし、絶対と言ってしまうとまた動悸が来た時にショックをうけてしまうから、絶対ではないだろうけど」と、時間をかけて説明してくれた。

先生にとっても、一度失敗(厳密に言うと失敗ではないのだけど)した患者の手術をもう一度、しかも新しい技術を使ってやるということには色々と思うところがあったのだろう。かなり偉くなっていて忙しいはずなのに、何度も病室に足を運んでくれて説明もしっかりしてくれた。きっと、再び動悸が起こったとしたら私より先生の方が傷つくんだろうな。

そういう訳で先生を泣かせないためにも、健康第一の生活を心がけている次第です。

* * *

ストレスをかけない人生ははたから見たらダメ人間な部分も多々あるんだろうなと思うが、私の心臓のストレス容量はおちょこくらいだと思う。すぐ心臓に来る。繊細と言えば聞こえはいいが、社会生活を送る上で不利この上ない。普通ができない。普通にしようとすると心臓に来る。

でもやっぱり心臓が止まったらその他が元気でも結構やばいと思うから、心臓を大切にするに越したことはない。

動悸がなくなった今の生活スタイルをちゃんと築くにはまだ少し時間がかかりそうだけど、先生たちに良くしてもらった心臓をできるだけ長く大切に使いたい。そのためには自分を馬鹿ほど大事にしたいと思う。お金もらっても心臓に悪いことはしない。「あいつわがままだな」と言われたところで全然平気である。

でも、ここだけの話。動悸がなくなったことに一抹の寂しさを感じたのも事実である。10年、いや、私が生まれた時から34歳まで一緒に居た、憎くとも愛すべき欠点である。特に頻脈と名付けられた時から2度目の手術をするまでは「心臓がちょっとアレ」というのは私のアイデンティティの1つであったとも言えるのだから。

想像だけど、多分、自分の顔や体のパーツを忌み嫌って整形する人も、これと同じ感情を感じる瞬間があるのではなかろうか。住み慣れた実家を離れるような、腐れ縁の元彼と縁を切るような、結局一度も袖を通すことがなかったワンピースを手放すような。?

っていうのはある種のマリッジブルーであるのだろう。あんまりそこにフォーカスしても非生産的かも、と思うが私は走馬燈を見ながら「心臓がちょっとアレだったから知ることができた人々の優しさ」も思い出すだろう。

いつだかしらないけれど死ぬその日までどうぞよろしく、新生した私の心臓よ。

1 Comment

名無しさん

『絶対ではないだろうけど』。
『あんまりそこにフォーカスしても非生産的かも』しれないけれど。

――なおって、よかった。

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